「あは。いっぱいします?」

名作まとめ

721: :2006/03/19(日) 02:09:32 ID:

七月の末。彼女とお婆さんの引っ越しを手伝った。 
福祉科の担当さんの勧めで市営住宅への入居希望を出してみたら、 
生活保護世帯で高齢者と義務教育中の児童の家庭は優先順位が高くて。すぐ決まった。 
入居が出来る事になった時、お婆さんは彼女より先に俺に相談を持ちかけて。 
市営住宅は家賃が安くて、たしか一万三千円くらいで、あの時住んでたアパートの半分以下。 
家賃共益費水道代込みで二万八千円(内訳忘れた)で、水道代払っても、一万円は浮く計算。 
「引っ越し、手伝いますよ。」そう言ったら「あの子が何というかよ。」少し迷ってて。 
俺と会って仲良くなってからの彼女は、それまでとは全く変わったらしくて。 
「当たり前の女の子の顔になってくれてね。」お母さんが言ったのと似た事を言って。 
彼女が俺と離れて住んで行き来が無くなったら、元に戻るのではと不安がってて。 
時々でも会ってやって欲しいと頼まれて。「会えないと寂しいですから。」素直に言って。 
転居先は歩いて二十分くらいの所。その気になれば、すぐ行ける距離。何も問題は無くて。 
「あんたがそう言うてくれたら、話がしやすいけんね。」お婆さんも、安心してくれて。 
でも伝えてみて引っ越すのは嫌だと言えば、無かった事にすると言って。 
彼女が買い物から帰ってきて。お婆さんと話して。そんな長くかからずに俺の部屋に来て。
さてどんな反応するかな、と構えてたら「時々ですか?」それだけ言って、俺の答え待ち。 
真横来て。左斜め下からじぃー…っと見上げられて。「いつでも。」少し訂正して。 
「毎日は?」「いいよ。」即答してしまって。彼女は頷いて、一つ息吐いて。笑って。 
「引っ越す。」「決めるの?」「あは。おばーちゃん、ちょっとは楽かなって。」 
二人は、意地張り合いながらも気遣い合ってて。意思の統一が図れれば、行動は早かった。 
入居の準備整えて、引っ越し。家財道具運ぶのにバイト先でトラック借りられて、助かった。 
小さなテレビと冷蔵庫。洗濯機。ガスコンロ。テーブル。衣装ケース三つ。学用品と本が少し。 
内職の材料。箱一つの日用品と食器。三冊のアルバム。それで全部の、小さな引っ越しだった。
722: :2006/03/19(日) 02:10:12 ID:

彼女とお婆さんが住む事になったのは、平屋建ての長屋みたいな所の端。3DKで。 
五世帯が二棟連なってる長屋の住人、高齢者ばかり。高齢者世帯向けの市営住宅だった。 
俺と彼女の間での行き来は、何も変わらなくて。俺が休みとか家にいる時間は、来てて。 
学校が夏休みになると、朝方から俺がいなくてもカギ開けて入って、待ってる感じで。 
待たれてるとなると、バイトとか実習とか補講が終わるとすぐ家に足が向いて。 
「おかえりなさい。」言って貰って。休日も、何がある訳でも無いけど一緒にいる感じで。 
最初の頃は、七時頃には彼女家に送り届けて、お婆さんに挨拶して、おやすみ言って帰ったり、 
そのまま夕食御馳走になって。お返しに何か届けて。またお返しされてって感じで。 
そのうちに彼女が俺の部屋にいる時間が長くなって。彼女が夕食作ってくれる事も多くなって。 
のんびりしすぎて、気がついたら遅い時間になってたりで、慌てて彼女の家まで出発したりで。 
俺の部屋から市営までは、国道沿い歩いてほぼ真っ直ぐで徒歩二十分。軽い散歩程度の距離。 
学校の近所で。近隣に住んでた友達とか講師とかと出くわしたりする事もあって。 
逃げる訳にもいかないし腹決めて紹介して。俺が口に出して「カノジョ。」って言うと、 
照れなのか顔赤くして、はにかんで。俺の後ろ隠れて。背中くっついて。それがかわいくて。 
ほぼ全員に後から学校とかで「かわいかったー。けど何歳?」って事を聞かれて。 
ちっちゃくて肉の薄い彼女は実年齢より下しか見えなくて。一番気になる部分だったみたいで。 
中二で十四歳と言うと、ギリギリセーフと言う判定をされる事が多くて。 
ロリコンとか変態とか、きっつい言葉も覚悟してたけど、結構反応柔らかくて、意外だった。
…でもこの頃、彼女と歩いてて、初めて職務質問をされた。夜十時くらいだったと思う。 
若いお巡りさんに呼び止められて。彼女の年齢とか俺の立場とか聞かれて。素直に答えて。 
彼女を家に送ってる所だと言うのは信じて貰えて。もう少し早く返すようにと言われて。 
お巡りさんの口調が丁寧で、印象が悪くなかったから腹が立ったりはしなかった。 
けどその話を友達にしたら「犯罪の臭い、したんじゃない?」そんな事言われて。結構へこんだ。
723: :2006/03/19(日) 02:13:12 ID:

専門学校二年目の俺には夏休みなんて物は無くて、実習と補講。休みはバイト。その繰り返し。 
実習にも慣れて、とにかく事故だけ無いように終われればと緊張感は保っていたつもりだった。 
けど実習終えて打ち上げやって、家帰って寝て早朝に変な腹痛起こして。救急車自分で呼んで。 
何か普通じゃないと思ってたら急性膵炎で。即入院と絶飲食を言い渡されて。呆気にとられた。 
空いてる大部屋が無かったから、差額無しで二人部屋に一人。点滴入れながら呆然としてて。 
彼女に連絡入れたのは昼頃。いるだろうなと思って俺の部屋に自分で電話して。出てくれて。 
入院する事になったと告げると、最初冗談かと思ったらしくて。なかなか信じて貰えなくて。
でも病院名と病棟、部屋番言うと信じて。「準備して行きます。」落ち着いた声で言って。 
俺の家からは、自転車で三十分くらいの所。俺の自転車使って来てくれて。 
部屋入って左腕に三本点滴入れてる俺見て笑って「あは。似合わない。」思わず、撫でて。
お婆さんの時みたいな動揺は見せなくて。俺も安心できて。しっかりした所も見せてくれて。 
着替えとか適当に詰めた袋持って来てくれてて。考えても無かった事で感心して。 
よく気がついたね、的な事言ったら「看病、慣れてます。」そう言って、笑って。 
どのぐらいの入院になるのかとか、どんな病気なのかとか、彼女の方から聞いてきて。 
軽症の急性膵炎で、状況見て退院までが一週間ほど、一週間静養して、検査に問題なければ放免。 
医師のしてくれた説明を彼女にもして。お婆さんにも心配しないでと伝えるの、頼んで。 
彼女の顔見てホッとしたら色々思い出して。公衆電話で学校とバイト先に事情話して休み貰って。 
学校の方は、実習も済んでて記録とかも提出してたし出席も足りてたから不安はなかったけど、 
バイト先の方は俺と組んでくれてる人とかに申し訳ないし、経済的にも不安だった。 
少しは貯金あるし何とかなるか。そんな事考えながら病室帰ろうとしたら、 
彼女に点滴してない方の腕引っ張られて「えっと。じ、実家には?」完全に忘れてて。 
電話したら婆ちゃんが出て「言うとく、言うとく。」それだけ言って切って。 
まぁ伝わりはするだろうと思って、部屋帰って。その日は彼女の命令で、大人しく寝てた。
726: :2006/03/19(日) 03:06:15 ID:

今来た、最高のタイミングだったな・・・ 
最近辛いことだらけだけど、41氏の話を聞けるのが今の幸せだよ
727: :2006/03/19(日) 03:52:59 ID:

た、たのむ…。せめて週一でおねがい!
731: :2006/03/19(日) 08:43:01 ID:

このスレを毎日チェックしてる俺。
734: :2006/03/19(日) 13:46:26 ID:

「幸せ」ってさ、結局のところは41氏と彼女みたいなことを言うんだろうな 
金とか、地位とかじゃなくてさ・・・・ 
俺的には、キスとかは控えたほうがいいとは思う(してても別にいいけどね) 
こういうのは、ちょっとしたキッカケで歯止めがきかなくなることも多いからね 
彼女の年齢を考えると、やっぱね 
いわゆる「恋人らしい事」は、彼女が義務教育を終えてからでもいいんじゃないか? 
915: :2006/03/27(月) 14:55:50 ID:

入院中、彼女は昼頃に洗濯物取りに来て、夕食前の時間まで話し相手になってくれて。 
洗濯は病院でも出来るし、そんな事させていいのかなと思ったけど、つい甘えて。 
来ないとなると寂しかっただろうから、何も言わず、世話かけてしまって。 
親父は仕事で来れなくて、おかんが俺の部屋泊まって面倒見てくれるつもりで来てたけど、 
彼女と会って。毎日来てると知って。「おらんでいいね。」って帰ると言いだして。 
おかんは彼女とお婆さんと会って、食事して。一日泊まって、朝また来て。昼には帰った。 
おかんも彼女の家の事は親父から聞いて知ってて。どんな話したのかなと、気になって。 
昼過ぎに来てくれた彼女に聞いたら「あは。ごめんなさい。」いきなり謝られて。 
「え、何?」「ばれちゃいました。カノジョだって事。」言って見上げてすぐ、視線外して。 
「え、誰に?」「お兄ちゃんのお母さんとおばーちゃん。」照れまくりな彼女がいて。 
身内に知れるのはさすがにまだちょっと色々早すぎると思ってて。結構、慌てた。 
「おかん、何て?」「お願いしますって。」「お願いって。」何をだよって感じで。 
「他に何か、話した?」「あは。仲良くして貰ってる事…とか。」内容は聞けなかった。 
やたら嬉しそうな彼女をこれからどう扱っていいのか解らなくて。結構長く悩んだ。 
けど結局、何も変えない事にした。それが一番、楽だった。 
頑健な印象を持たれる事が多い俺が入院。学校の友達が面白がって見舞いに来てくれて。 
その時のクラスの男女比が4:1くらいだったから、必然的に学内の友達は女の子が多くて。 
彼女はそれが気になって。「…もしかしてもてる方ですか?」そんな訳は無くて。 
七割方は俺の見舞いにかこつけて彼女を見に来てるって感じで、それ説明したけど、 
男女比が異常に偏るのに彼女は納得がいかないみたいで。何か落ち着き無くして。 
困ってたらバイト先の人が来てくれて。女の子ばっかりじゃないと言えて。助かった。 
バイト先の人達はみんな来てくれたし、実習の指導員してくれた人までわざわざ来てくれて。 
気にかけてくれる人がたくさん居てくれて。かなり励まされた。
916: :2006/03/27(月) 14:56:41 ID:

四日間点滴だけで。五日目から徐々に食事戻して、一週間。やっと数値が戻って退院出来た。 
入院中に体重が七㎏減ってて枯れた感じ。その上にさらに食事療法を言い渡されてて。 
退院前に医師と栄養士さんに指導受けて。一週間は蛋白質や油物は控えるようにと言われて。 
病院の食事が、肉と油殆ど無し。反動来てて。喰いたい物はたくさんあったけど、 
「控える」と言う言葉を「無い方がいい」と理解した彼女にかなり厳しく見張られて。 
買い物行ってお総菜とか手伸ばしても、ん…っと下から強い目向けられると、手に取れなくて。 
俺が諦めると、よし。って感じで表情緩める彼女がいて。監視付き仮釈放。そんな感じで。 
けど病院では周りの目があって距離あけてた彼女が、部屋では横来てくれて。 
体寄せてきて。俺の手捕まえて。腕くぐって。胸に顔乗っけられて、思わず肩、腕で包んで。 
久しぶりに彼女の髪の匂い感じる距離。こっそり髪に鼻寄せて、吸い込んで。 
それで落ち着いてたら、不意に腰触られて。くすぐったくて。思わず体よじった。 
「痩せちゃいましたね。」「戻さないと。」頷く彼女に流れで「肉喰っていい?」聞いたら、 
「あは。治ってからですよ。」キッパリ言われて。これはもう駄目だと思った。 
けどやっぱりガッチリ見張られてるとちょっとイラッと来て。でも直には言えず。 
「きつすぎだよ」だったか「やりすぎだよ」だったか、背中に小声で言ったら、聞こえてて。 
振り返って。視線落として。でもすぐ俺見上げて、薄く笑って。言葉、絞り出して。 
「お、お医者さんの言う事聞かないでお母さんみたいになったらやだもん。」 
斬りつけるような言葉で。何食いたいとかそんな事は、口が裂けても言えなくなった。 
お婆さんは痩せたままの俺見て「全然食べんのもええ事ないんやない?」って心配してくれて。 
「ごめんね、言い出したら聞かんのは母親似やからね。」そう言って目、細めて。 
だんだん彼女がお母さんに似てきたのを喜んでて。お母さんがどんな人なのか、 
俺はあまり知れなかった。けど彼女見てると、意思の強い人だったんだろうなと。そう思った。

917: :2006/03/27(月) 14:59:19 ID:

退院して四日目か五日目が土曜で。昼前に親父が来てくれて。当然、彼女も居る時で。 
二人が会うのは、お母さんの納骨以来。二人が話したのは、軽い挨拶程度だった。 
後は俺の体調の事とか入院費用の事とか、保険の請求があるから領収書取っておけとか、 
無理はするなとか、就職活動どうだとか、無難な事で。電話で済むだろ、って感じの内容で。 
それよりも話してる間、彼女がずっと正座で姿勢良すぎて。不自然すぎて。おかしくて。 
お婆さんに挨拶する、って言って親父が部屋出てから、「何で正座?」って聞いたら、 
「あは。ちゃんとしないといけないかなって。」意識しすぎだと思ったけど、とりあえず撫でた。 
お婆さんと親父と、どんな話してるのかとやっぱり気になったけど、夜になって電話があって。 
彼女の事を「明るい顔になってたなぁ。」親父も言ってて。お婆さんに感謝されたと言って。 
「よくやったよ、お前。」何したつもりもないけど、何か役に立ってるんなら、嬉しくて。 
親父は彼女と俺の事については、何も言わなかったけど、最後に一言。これはちょっと重く、 
「いいお兄ちゃんでいろよ。な。」後で含まれる意味を深読みして、悩んだ。 
退院して一週間後、病院で採血して、結果良好で完全回復。思った事は、やっと肉が喰える。 
検査結果見て貰って、顔全部で笑う彼女に「牛丼喰っていい?」聞いて、許して貰って。 
脂気無い生活からいきなりで、胃も小さくなってて、食べあぐんで。並盛り少し残した。 
牛丼が初めてだった彼女、重そうに丼持って「おいしい。」言いながら頑張って全部食べて。 
彼女より喰えない自分に驚いて。ショック受けて。でもそのくらいしないと治せなかったのかなと、 
退院してからの一週間、看病と言うか監視をしてくれた事を改めて彼女に感謝して。 
「埋め合わせするから。」そんな意味の事を言ったら「いっぱいお世話になってますから。」 
だからお礼言う必要もないしお返しとかいらない。その一点張りで。何もさせてくれなかった。 
あの入院以来、家族ぐるみと言うか、俺と彼女とお婆さんだけの付き合いでは無くなった。
特におかんと彼女の連絡は、頻繁になって。二人が電話で長く話してると、何か妬けた。
918: :2006/03/27(月) 15:14:27 ID:

読んで下さってる方、間が開いてしまってすいません。 
今の時期は特に忙しくて、なかなか時間がとれなくてですね…。 
四月入れば少しは間隔詰まると思うんですが。なにとぞ気長に。
919: :2006/03/27(月) 15:24:13 ID:

ゆっくりでも良いから、最後まで書いてくれると約束してくれ。 
頼む!
921: :2006/03/27(月) 15:29:39 ID:

毎回の話ですが、41氏の作品を読むと優しい気持ちになれます。 
これだけ読者が増えるとプレッシャーもおありでしょうが、 
無理をなさらず、書ける時に書いて頂ければ十分です。 
ほんと、>>919に同意。心底、最後まで読みたいですから。 

>「お、お医者さんの言う事聞かないでお母さんみたいになったらやだもん。」 
。・゚・(ノД`)・゚・。

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